父の命日

  

「もう一年」のような、「まだ一年」のような。
父の命日なのに、まだピンと来ない。
父の葬儀の日も、こんな美しい秋晴れの日だった。父にはカラっと晴れた明るい日が似合う。
大量の花を仏壇と墓に飾り、父の好きだった甘い生菓子と相方が朝作ったできたてのパンを備えてのシンプルな供養。
そして、法要から初盆まで世話になりっぱなしの従兄夫妻を招待し、手料理でもてなした。と言ってもメインシェフはほとんど相方。
いい天気なので庭で、窯で焼いたピザと、ダッチワーブンで蒸したタンドリーラム。ラムは昨夜、一晩漬け込んでいたから、味が染みてとてもおいしい。


(ピザとタンドリーラムと塩豚)

またピザ?と思われそうだけど、こっちは何回もやっているけど相手は窯は初めて。
なんども、なんどももてなしてわかったことだけど、少々安物の素材でも、やっぱり手作りと目の前で焼く、しかも窯の焼き立てというのは、最高のごちそうのようだ。
みんな、例外なしにほんとうに喜んでくれる。
特に主婦はこんなワイルドな料理をなかなかしないので、たいそう喜ばれた。
そもそもこの窯は父のために相方が作ったと言っていい。
父も窯で食べるピザを楽しみにしていた。帰郷したときに、「次はピザを食べに帰るぞー」と元気よく言っていたのに、その1ケ月後に逝ってしまった。
その父と、その後母が逝き、残念なことに私ら兄妹はガタガタに崩れた。
ここまでなるとは思ってもいなかったけれど、さらに悪化し、今は冷戦状態が続いている。
たがいに言い分を主張するから、こじれるのだろうから、もう妹の私が降りるしかないと謝罪を言おうとしたが、どうしても受け入れられないらしい。
なにが彼をそこまで意固地にさせているのかがわからないけど、とにかく、もう私はだんだん薄くなっている。いい意味でだんだんどうでもよくなってくる。
なぜなら、他にたのしいことや、しなくてはならないこと、したいことが盛りだくさんだから、気分を悪くしているエネルギーがなくなってくるのだ。
よくよく考えてみれば、私にはこんなふうに帰るところがある。帰るところというのは、相方がいて、友人がいて、仕事があって、大好きな日々の生活があるということだけではなくて、(いや、もちろんとても大きいのだけど)、自分の内なるこころの場のことだ。
ここに帰れば、自分を思い出す。ほんとうの自分に帰れる。
どんなに怒りまくっても、そこに帰れば、いやな自分だったことを思いださせてくれる。
そういう帰る「場」を持たないと、自分がいちばん正しいかの人になってくる。ここにいると見えてくるのは、じぶんも人に言えるほどのことじゃないよなあ、ということ。
ちょっと立ちかえる場所があれば、自分の感情ではなく、良心に沿って生きられる。
ときどき暴走して感情に支配されそうになるけど、ここに帰れば落ち着いてくる。いろんなことに恵まれている自分にも気付いてしあわせな気分になり、エネルギーを浪費していることが、たいそう無駄なことような気になる。
ここから見えてくるのは、兄は今、しあわせではないんだろうな、と言うこと。
いろんなストレスと孤独さと不安が彼を追いつめているのではないか、と。従兄も言っていたけど、長男の喪失感というものが彼を取り巻いているのかもしれない。
いちばん強気に出れると思っていた妹もダンナの方について、はむかうし…(笑)
そう考えると、あとは時間グスリだ。
ゆっくりゆっくり兄が傷を治すのを、こちらもふたたび傷を受けないように、とおぉぉぉぉぉぉぉぉぉくから、見守ろうと思う。
悪いね父さん、死んでまでも心配かけてさ。
ま、父さんも、そこから見守っていてください。ね。