いい店のものがたり

さて、これはなんの料理でしょう?


          


答えは「麩(ふ)」です。
「豆腐料理」はよく聞くけど、「麩料理」ってのはめずらしい。
麩のステーキ、生麩の刺身、すだれ麩のじぶ煮…と、次から次へと美しいしつらえで現れてくる麩料理。
奇をてらわず、ていねいに麩を素材にした一品一品は、驚くほどおいしい。
このお料理、たった一人で素人の奥様が、すべて作っているという。
ここは、「蕨屋 WARABIYA」といって小さなのれんがかかっているだけの、ごくごく普通の民家の茶房。
もちろん、取材で行ったんだけどね。
落ち着いた座敷の間が2室。上品で穏やかな空間の中に通された。

          

お料理もさることながら、取材をしていて親近感を持ったのが、この店を始めた奥様のきっかけの話。

「ここはわたしの両親の実家なんです。両親が他界したあと、空き家になっていたのですが、思い出も残っているので何かに活用したいと思いました。なにができるだろうと考えたのですが、わたしができることといえば、ずっと昔から食べていた食事のことぐらいです。それで兄弟たちに頼んでわたしが家を管理しながら、できる範囲で食を出す店にしようと思ったんです」

ね、どこかで聞いた話でしょ?そう、ここにも「風の家」があったな、と。
話を聞いて、なんだかうれしくなった。
最初は友人、知人たちを相手に。そのうちだれかがだれかを連れてきて、やがて口コミで静かに広まり、お友達同士、家族連れ、夫婦ともに、記念日にと利用し始めて、雑誌にも取り上げられたりして、もう5年近く続いているという。
奥様は不思議そうに言う。
「だれも知らない人がこの家に来てくださるんですよ。ほんとうにいいのかしら…と申し訳ないような気持です」
その気持はとてもよくわかる。わたしも「風の家」でイベントをするたびに不思議に思っていた。
会ったこともない人たちが、父と母と祖母たちの写真が飾った家に訪れている。その感覚はいまでも慣れない。こんなんでいいのかなあ、と不安になりながらも、とてもありがたい気持になってくる。
なぜ、麩料理だったのですか?と聞くと、ある日、テレビを見ていて「ああ、麩の料理にしよう」と思いついただけだと笑う。
麩は金沢や京都から取り寄せて料理をする。きちんとだしを取り、基本からはずれずに、誠実につくっている。
メニューは蕨屋箱ご膳(2500円)と、お弁当(2000円)だけ。
「蕨屋(わらびや)」という名前も、亡くなったお父様が蕨をよく採ってきていたからだという。
わたしが「風の家」の話をすると、「ぜひ、遊びに行きたいのでイベントに呼んでください」と奥様。
思わぬところに、うれしい出逢いがある。
そして、いい店には、いいものがたりが潜んでいる。

         
 (デザートは抹茶と抹茶ムースに麩まんじゅう。もちろんすべて手作り)