なぜか、鹿児島

なんだかなあ〜。
すべてに意味があるんだなあ。
目の前で起こることに、無駄などなく、きちんとつながっているんだなあと、今さらながら、しみじみ思ってしまう。

なぜなら、18,19日に出かけた、今回の鹿児島旅行。
この忙しいさなかに貫徹までして、インドア、出不精のふたりが、無理やり出かけましたよ。
なぜなら、龍馬の行った霧島だったから。
うそ。
計画を立てた義弟ファミリーがまだ行ったことがない場所だったから。
わたしらは、「お任せします」状態で、ただ、義弟の運転する車に乗るだけですから、はい。
ただ少々気になるのは資金でして…実は相方の給料前と、わたしの先月の請求額が安かったのもあり、鹿児島旅行の費用の捻出がキビシイなと思ってたりしていた。

ところが…
この旅行前に唐突に降ったように湧いてきた、ある仕事。
それは、大むかしに2、3度仕事をしたことがあるEさんからの依頼だった。
彼は当のむかしに業界をワケありで辞めた人だったから、ヤーな予感がした。納期もキビしいことだし、一旦、断ったのけど、強引な押しに負けてしまい、優柔不断のわたしはついに押し切られ、その仕事を入れてしまった。
やはり予感は的中。
わたしに来る仕事の中ではめずらしく、けっこうヤバいし、かなりハードでメンタル的にもキツイ仕事だった。
なぜ、こんな仕事をしているんだろう?
なぜ、彼は突然、やってきたのだろう?
仕事をしながら、この奇妙なイレギュラーにずっと疑問を抱きながらも、そこはプロ。ハードだったけど納期までにきっちり納めましたよ。

すると驚いたことに、データを渡した日に即金でギャラをもらえた。
実はその日、ATMに旅行の費用を下ろしに行こうと思っていた金額とそっくりそのまま同じだった。
これは、まるで「この金で行け!」と言わんばかりの振って湧いた「仕事」のようじゃないですか!

そんなこんなの徹夜明け、18日の未明に出発。
行き先は、鹿児島動物園。
何が悲しくて、炎天下の中、朝っぱらから動物園?!
もちろん、ひとえにこのかわいい姪のために。



(舌が赤いのはカキ氷食ったから)

ええ、ええ、貫徹で倒れそうなくらいの体力で、陽射しのキツイ朝でしたが、おばさんはがんばって遊びましたよ。


(サイを見たり…)


(像を見たり…)


(わけのわからん小動物みたり…)


(おまけにこんなもんに乗ったり…)

ね。

他にも水族館やら…

霧島神宮やら

桜島やら、

いろんなものを見て、訪れて、ほんとうに楽しくて、満喫した一泊旅行ではあったのです。
…が、
今回の旅のコアはそこにあったのではなく、

実は、一度は話し合って、というかぶつかっておかなければならなかった家族間の根幹のぶぶんに触れた旅だったと言っていい。

当日の夜のことだ。
食事の後、ホテルで酒を酌み交わしていた兄(相方)と義弟(実は相方の同級生)のテンションが、だんだん上がり、エキサイティングして、ほぼ怒鳴りあいのディスカッションが始まった。
テーマは、どこの家にもある「両親との関係性」。
おそらく相方が、もっともそっとしておきたかった部分かもしれない。
そこを、義弟が思いっきりこじ開けてしまった。
「もっと、心を開いて親と向き合え!」と詰め寄る義弟に、
「オレらにはオレらのスタンスがある!」と返す相方。
両者、一歩も引かず!
直感といきあたりばったりで世を渡ってきた相方の「精神論」と「自論」に対して、世慣れした義弟は、「一般論」と「正論」と「なにわぶし」を高々と掲げる。
誰がどう見たって、義弟の方が「情」があり、相方は「ドライ」で「自己主義」かもしれない。
だけど、ふたりの根底に流れているのは、同じものだ。
両親への、想い。
ただ、両親の権利と自由を尊重しようとする相方と、コミュニケーションという名の過干渉をしようとする義弟との意見の相違、表現の相違だけだ。
それなのに論点は本筋をそれ、脇道に向かい、どこまでさかのぼるんだ?というほど、過去のことまで持ち出す始末。
あきれて、思わず義妹と顔を見合わす。
このままだと朝まで討論になりそうな気配だ。
どうやら、この場を収拾するのは、冷静、かつ年季の入ったヨメしかいないようだ(義妹はとなりで寝たふりするし)。
で、互いの意見を整理し、譲歩しあい、これからのことを冷静に話し合いましょうとまとめた後、やっと眠りについた。
翌朝、胸のうちをさらけ出したせいか、車の中は妙にふんいきが明るく、軽い。
昨夜ケンカしていた兄と弟は、すっかり仲良く、やさしくなり、相方のナビと義弟の運転で、行き先を確認しながら帰路についている。
おまけに小さな姪は、わたしに慣れたのか飛びついてきて、
「大好き!」と駐車場で愛を叫ぶ。
いちばん賢い妹だけがひたすら沈黙を守り、なにごともなかったかのごとくフラットなままだった。

結果、いい旅だった。
いや、必要な旅だったのだろう。
棚に上げていたことに、そろそろ向かいあう時期だったのだろうと思わずにはいられない。
「ヤツの声は、天の声なんだよな…」と相方。
実は、わたしもそう思ってた。
こんな機会がなければ、もっと先送りしていただろう。
ちょっとやっかいな両親だけど、あなたを生んでくれた人たちなのだから。
これから、少しずつ寄り添っていけばいいさ。
そういうきっかけをもらった鹿児島だったのかもしれないし。
これは、感謝しもはんとな、相方どん。