建築家S氏

「みんな元気か?」のメールに「元気ですよ。泊まり込みで花火見に来ませんか?」とかるーく返したら、「行く〜」とかるーく返ってきた。
スイカと焼酎を抱えて、パートナーのNさんを連れてやってきたのは、建築家のS氏。

この人は世間ではむずかしい人だと思われている。じぶんが設計した店や家の主とケンカしたのは数しれず。
まあ、一般的にはむずかしい人なのだろう。
だけど、わたしも特に相方は、S氏のことがとても気に入っている。
S氏の前では、「うそ」も「テキトー」も「社交辞令」も「世間話」も「つまらんジョーク」もいらない。
はっきり言って通用しない。
この人とは「真実」だけで付き合えばいい。それはある意味、とてもラクなのことでもある。
こういう偽りや、いらんモノをスパっと切り取って、「これだけでいい」とばかり、美しい真実だけを見せてくれるのが、S氏の建築だ。
S氏の建てたものは少々やっかいかもしれないが、そのやっかいさをおもしろがって付き合えば、めったに味わえない「ほんもの」の暮らしに出会えるのではないかと思う。

そのS氏が「風の家」に訪問してくれた。
来るなり、茶の間に引っ張って行き、以前来た際に見ていた眺めを見せた。
そう、家の前から消えたあの景観を。
「これ見てよ、ひどいでしょう?いきなり建ったんですよ!」
イキリ立つわたしに、ふ〜むと無言。やがて言ったことばが、「正直言っていい?」
「いいですよ」
「オレ、あの線路の風景好きじゃなかった」
「ええーっ、なんで?あの電車がコトコト走る風景がいいのに」
「空間があり過ぎるんや」
「………」
これ、S語ね。つまり、わたしらに取ってのいやしの風景が、彼の中の美意識に合っていなかったということだろう。
こうゆう考えてもいなかった言葉がポンと出てくるのが、S氏のおもしろいところだ。
「けど、あの黄色い電線はひどいな。九電に文句言えばいい」
「なんて言おうか?」
「そんなふうに考えて言えば通じらん。はげしく、どうにかしてくれ!っち、噛みつくように言って暴れな!」
「………」
それ、やれるのはあなたか、パートナーのNさんくらいでしょうよ。

花火を見に来て「花火に行くんか?」聞いたSさんと、「花火ってキョーミなーい」と言ったNさん。
結局、花火より酒で、晩夏の夜は、おもしろたのしく更けていったのです。