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大イベントを終えて

「だらだらと展示するのではなく、一気に凝縮させて潔く終わりたい」という、ゆうさんの希望により、わずか3日間の開催だった「こばやしゆう展」が、無事に幕と閉じた。

怒涛の3日間は、まさに嵐のごとく。

開催前日の木曜日。
開催準備は着々と進んでいるかに思えた。
わたしは外の草むしりや縁側の掃除、ウッドデッキの掃除、花の準備などを始めるが午後から雨が降り始めやむなく外仕事は中断。途中、イベント料理担当のY子がきてメニューの打ち合わせをしたり、電話の対応に追われたり、その後、友人Kがイベント用の椅子を借りてきてくれた。
その間、ギリギリに仕上げたフリーペーパー「ケセラ」を、S先生が早くも上げてくれた。そのデザイン、校正、確認をちゃんとしたか、と相方から何度もLINEが入る。それに応えているうち、なんだか体調が思わしくないことに気づいた。

相方の風邪が長引き、咳が止まらなかったのだけど、それが移ったのか、夕方あたりからどうも寒気がしだしたのだ。頭も痛くなった。
夜、熱を計ると驚くことに8度を超えている。
相方が帰宅したときは、すでにピーク。頭痛はするわ、フラフラだわ、熱もなんと9度に近い。
相方の怒りもピーク。わたしなりに見えないところではあるけど、準備をしてたつもりだったが、こんな大事なときに熱を出し、やるべきことをキチンとやっていないわたしに疲れて帰ってきた相方はイラつき、怒りが爆発する。
無理もない。彼はわたしの頼み事ややるべきことを会社にいきながらもこなしているのだから。その上、その夜、ベーグルとチーズケーキを焼き、「ケ・セラ」の印刷もしなければならない。夜を徹しての仕事をして、翌日1時間掛けての出勤なのだ。
だから彼の怒りは正当なんだけど、もうどんなに怒られようが、幸い(?)そんなことにかまってられないほどの気絶状態(笑)。
「少しだけ寝かせて」と市販の薬を飲んでベッドに倒れこんだ。
2、3時間ほど死んだように眠ると、一気に熱は7度台に下がり、体が復活。むっくり起き上がって相方の作業を手伝っていたら、相方の怒りも次第に治まりつつ(爆発すれば長く続かないのがこの人のイイところ 笑)、寝る前には熱も平熱に下がっていた。

そんなこんなの裏事情の中と桜吹雪の中で、開催された展示会初日(4日)。
熱も平熱に戻り、少し声がガラ声になったが、ありがたいことに人出も好調で、器もよく売れて手伝ってくれた友だちと一緒になんとかこなすことができた。

しかし、翌日そのアクシデントは起きたのだ。

翌朝、起きたときに声がまったく出ない!
確かに当日は少しのガラガラ声だったが、2日目には、すでに声を失っていた。話すと絞りだすような声か、ヒソヒソ話。無理にでも出そうとすると咳き込んでしまう。
今日の午後、ゆうさんが到着するというのにこんな声でどうするんだ〜〜〜!!
これは何かの天罰か? いやいや天は罰を与えない。愛しか与えないのだ、とか信じながらも裏山の祠まで行きましたよ。お祈りに。

それでも声はつぶれて、お客様にいらっしゃいませさえ言えない。スタッフの友人たちは声を出すたびに一斉に吹き出すしまつ。仕方ないから支持は筆談に。
けど小倉駅から到着したら、ゆうさんの電話がかかるはず。いったいどうすればいいんだ!
そうこうしているうちにお客様はぞくぞく見える。知っている方もいらっしゃって挨拶もしたいのに「スミマセン、コエガ…」と手話のようなジェスチャーで話すしかない。
お客様はだいじょうぶですかぁ?と心配そう。なのでお客様が見えるともう友人に対応してもらうしかない。
そして、ゆうさんの到着時間が迫りだす。相方はすでに迎えに大分へ向かって電話連絡を待ちながらスタンバっている。
そこで電話がなった。友人に出てもらう。小倉に着いた、到着は13:36分とのこと。相方にLINEを入れて連絡。
13:20分になった頃、今度は携帯にゆうさんから電話。思わず取って話そうとするが声が出ない。と思ったら電話がブチっと切れる。
なんと!今まで充電してたと思っていた携帯の充電がコンセントがズレていたのか電池がなくなっている。
友人が急いで相方に連絡する。「ゆうさん着いたらしいけど、そのへんにいない?」ところが相方は駐車場がなくてぐるぐる回っているだけで、降りれないのだという。
こうなったらゆうさんに相方を探してもらうしかない。でもゆうさんは携帯を持たないし、わたしの携帯はブチ切れているし、もう打つ手がない…と、思ったところに、ゆうさんから家電に電話。
友人がことの顛末を説明し、しばらくたって和雄から「逢えた」の連絡。
そこにいた一同から歓声と拍手が起こる。まるで地球に帰還した「アポロ13」からの応答があったNASAのごとく!


1時間後、満面の笑みでゆうさんが坂を上ってくる。
この「風の家」をめざして。
まるで奇跡のようだ。いろんな感慨が浮かび、思わずハグして「ようこそ、ゆうさん」といったつもりの声はカエルのシャガレ声で「う〜お〜」くらいだ。
感激の対面はあったもんじゃねぇ〜(泣)
ゆうさんは、笑いながら、声出ないんだって〜?だいじょうぶなの〜?といつものかわいい声で心配してくれる。
家に入ると、「すごいね〜、すてきだね〜」と展示を喜んでくれた。

あとは、すっかりくつろいでこの通り。


(寒かったので付けた薪ストーブを喜ぶゆうさん)


次々とスタッフやお客様が声をかけるのを気さくに、「ゆうです。はじめまして」と友人のように応えていく。
この気さくさと、キュートさで会う人ごと魅了されていくようだった。
その日は、これでゆうさんを宿に送っていきわたしたちと食事をとるだけで長い一日は終わるはずだった。
和やかに食事をとっているときに6日、懇談会のシェフであるY子から電話が入る。
またまたいや〜な予感。
「K子ちゃん、水が出んことになった!」
「エ?…イ(え?断水?)」絞り出して聞く。
「山水を通っている管が詰まったらしい。あした、川底まで降りてみらなあかんけど、それまで仕込みを風の家でさせて!」
そうだ…。Y子は豊後大野のチベットに住んでいた。生活はほとんど「北の国から」だから当然、水源は山水だった。
「よりによってなんでこんなときに、こんなことが起こるかね」声の出ないわたしの胸のうちをY子が代弁してくれた。
ゆうさんとの会食が終わり、帰宅すると、泊まり込みできていたRとチャリで駆けつけてくれたU子がすでにワインで出来上がり、キッチンにはY子とテーブルではその娘が宿題をしていた。
もう、なにがなにやら…状態である。朗報はわたしの声が少しずつ戻っていたことだった。



そして、最終日の朝。泊まり組のほか、援軍2人のスタッフがすでに9時前から入ってくれる。
そのうちの1人はキアイ声のスパルタ女M(パン屋の大阪弁女将)。入ってくるなり「玄関のクツどうにかせなあかんでー!」から始まり、空気はキンチョーを増す。
相方はゆうさんを宿に迎えに行き、東洋のナイアガラを見せにいった。けど、そこはチューリップ祭りの真っ最中。車は入れず、そこから歩いていくしかないと思った矢先、「走りましょう!」と駆け出したという。かろうじて後を追ったという。
そんなゆうさんが到着していよいよ最終日を迎えた。

掃除、花活け、カフェメニューなどをチェックし、展示室、スライドショー、懇談会の立食パーティ、すべて同じ部屋なのでタイムスケジュールを組んで動かさなければならない。スタッフミーティングで段取りを打ち合わせする。
自由なゆうさんは、スタッフとすでにお茶飲んで歓談。
開店と同時にぞくぞくとくるわ、くるわ、親しい人、知らない人、懐かしい人、看板見てきた人などが次から次へと。

ほんとうにありがたかった。








わたしは接客に給仕にレジに追われ、キッチンも大混乱。



4時近くになるとさりげなくスタッフがきて、器を移動。まだ見ていない人のために展示室を一部屋にする。スライドショーを見るお客様が入店し始める。
スライドショー付き懇談会は、限定15名だったはずが「なんとかなりませんか?」の声にほだされて結局25名にまでなってしまったけど楽勝ではいった。返って15だったらスカスカだったかも?





スライドショーから懇談会へ。これもササっとテーブルとクロスがひかれ、滞りなく料理タイムに移行できた。

う〜ん、案ずるより産むが易しとはこのことだ。

川底で沈むことなく秘境からやってきたシェフは相変わらず、「あっ、あれ忘れた!」とか、「あ、しまった!」とか叫び、合いの手に「アホ!」「なんでやねん!」と罵声が上がるのを、わたしはすでに聞かないふりをしていた。けど、結果、素晴らしいベジタブル料理で、ゆうさんほか、お客様を大満足させてくれたのはサスガ!というほかない。







写真撮影にお話しに、ゆうさんは引っ張りだこ!

4時に起きて、8時には寝るというゆうさん。こんな状態で疲れてるんじゃないかと8時前にお開きにした。
あとはスタッフの打ち上げ会食なんだけど、ゆうさん「ぜーんぜん眠くない。皆さんと食事したい」と言ってくれ、そこから内輪でふたたびの宴。

宴でわたしがみんなへの感謝の気持ちを述べようとしたら、なんだか込み上げてくるものがあったが、目の前ですでに泣いているK子がいる。「泣くな!」と隣で怒鳴るM、横からべちゃくちゃしゃべり出すR、やかましい!と今度はわたしが怒鳴ると、ゆうさんは、ひぃ〜ひぃ〜と笑い転げている。

そして、自らがいったのだ。
「こんなに楽しくて心地よくて美味しいものいっぱい食べたら、また来ないわけにはいかないじゃないの!」
わお〜っ、やった〜、と再び、拍手とNASAの歓声が家中に上がる。

かくして、来年の秋。
「こばやしゆう展」第2弾が決まったのである。



いろいろあったけど、ほんとうにほんとうに夢のような3日間だった。
わたし1人の思いつきがこんなに多くの人に感染していったことは、たくさんの人に助けられ、伝わっていったからだ。
「こばやしゆう」というマイナーを少しでも知らしめることができただけでなく、ゆうさんの自由さ、愛に触れて、同じ波動をキャッチした人から人へ、ネットワークが広がっていった。
まさにわたしが目指していた波動ネットワークだ。

翌朝、めったに常設しない人なのに「風の家」で販売してほしいと、作品を置いてくれ、スタッフには器と写真と本までプレゼントしていただいた。

わざわざ足を運んでいただいた皆様、作品展に関わってくれた友人たち、相方さん、そしてゆうさん、わたしの夢に賛同してくれてありがとう!

ゆうさん手を降って、次の展示会のために風のように帰っていきました。

そして、早速ブログにあげてくれました。

http://tchaw.exblog.jp