習慣

人はどうやって、最後を迎えたいか?
こんな話をするとき、決まって出てくるのが、うちの両親も言っていたのだけど、「死ぬまぎわまで元気で、最後はコロリ」が理想のよう。
そりゃあだれも癌や半身不随で苦しみながら死にたいなんて、生きているうちには思わないよねえ。
わたしも、やはり、生き抜いて老衰で静かに逝くってのを理想としていたんだけど、今朝のテレビに100歳まで元気で生きている高齢者の男女を見ていると、こりゃあ、静かな老衰やピンピンコロリなどは、並大抵のことじゃないんだと気づいた。
その老人たちは、一人はお茶の師範、一人は大学教授。ともに現役なのだけど、この二人には共通点がある。
習慣。そう、わたしがあこがれて止まない、生活の習慣だ。
毎朝同じ時間に起きる。毎日体操をする。毎夜肌のマッサージをする。毎日語学の勉強をする。家事や料理を一人でする。散歩に出かける。月に一度おいしいものを食べに行く。年に1回海外旅行に行く。などなど…
こうゆう決まりごとを50年以上続けているそうなのだ。
そう言えば、年末にごちそうになった近所のおばちゃん(89歳)は、毎日かかさず上から下までおしゃれをして、遠くのスーパーまで歩いて買い物に行くことを習慣にしている。
継続は力なりというけど、毎日かかさず続けるというのはものすごくエネルギーがいる。
わたしも何度、この習慣にトライしたことか!
結婚したときはかなり期待した。人と住めば「必ず毎日…する」という習慣は、きっと身に付くだろう、と。
けど、積み重ねてきた無習慣相体質が一夜で変わるわけもなく、ましてや、わたし以上に相方がゆるゆるだったこともあり、「ま、いっかあ」と1回休むと後はずるずるガタガタと見事に「習慣」はくずれてしまった。
それでも新年になれば、毎年こりもせず、「今年は○○するぞ!」とひっそりこっそり胸の中で、じぶんだけで決めていたりする。
怖れを知らない相方は高らかに宣言していた。
「今年は毎朝かならず30分早く起きて、英語の勉強をするぞ!」
「毎朝6時半でも起きれんのに?」と隣でツマからせせら笑われ、「毎夜30分」に変えたが、翌日はすでに忘れていたようだ。
そういや、いつの間にかできた唯一の我が家の習慣があった。
夕飯を食べたあと、TVかDVDの録画を見ながら「だら〜っとする」ことだ。わたしも洗い物の食器をつけ置きして、一緒にだら〜っとする。
だらーっとした後、ふたりとも必ず寝ている(これを我が家では「晩の昼寝」と呼んでいる)。
この気持ちいいことったら。困ったことに、これが我が家の至福の時間だ。
だけど、その「晩の昼寝」から起きたあと、風呂入ったり洗い物したりPC見たりするものだから、寝るのが午前1時を軽く過ぎてしまう。
翌日6時半に起きるから睡眠不足で、結局夕飯後に寝てしまうという悪循環なのだろう。
それならせめて10時あたりに、たいして見てもいないTVを消して夜の30分間を有効に使おって早く寝ようじゃないかと、提案してみた。
そうすれば相方の勉強の時間に便乗して、わたしも仕事やブログ書きや読書ができるかもしれないじゃないか。
そう決めて3日目。今のところテレビは消してはいるものの、結局「晩の昼寝」は続いている。
つまり、習慣っていうのは気持ちいいことだと継続するわけね。


どこかに何の習慣も決まりごとも持たず、気分しだいで好きなように元気に生きている、しあわせな100歳のお年寄りがいたら、どなたが教えてください。
いたら会ってぜひ、みたいなあ〜