あけまして、

おめでとうございます!!

  
(美しくパーフェクトな初日の出) (美味しくパーフェクトな雑煮)

両親亡きあと、初めて相方とふたりきりで迎える年の瀬と正月。
しみじみと終わり、さわやかに明けたかったのだけど、ゲロ吐きながら終わり、相方にたたき起こされて始まってしまった。
だけど、山から上った絵のような初日の出を浴びたら、すべてが洗われたよう。
去年はいろいろあったなあ〜。
上海事件、相方家族のトラブル、叔母の死、従兄の子どもの死、母の再発、入院、手術、死、葬式、初盆、兄との大ゲンカ、義姉母の死…今、ざっと並べてみて、今さらながら驚いた。
だけど、年末、たしか相方は、「今年は何かあったっけ?」ってふざけたことを言っていたけど、なんか、わたしもそんな気分。
過ぎてしまえば、泡のよう。長く続くことってないんだよねえ。
まさに明けない夜はないってこと。
苦しみも悲しみも喜びもすべて続かず、こんなすがすがしい朝から、また始められる。
これこそ、生きているからの最高のギフトだと思う。


朝日を浴びて元気を回復したあとに、昼から出かけたのは友人Mの田舎家。
毎年、田舎に帰るとそこのおばさんが、大量のお節料理を作ってくれ、それをMが持ち帰りわたしらが食べることになっているんだけど、今年はその友人を県北の田舎までドライブがてら迎えに行った。
お天気のいい元旦。
昨夜の雪はうそのように晴れ、高速も道路もスイスイ〜♪
1時間あたりで着いてしまった。
友人の叔父さん宅でくつろぎ、近くの神社に案内されてお参りして、帰りはごっそりとお節料理をいただいてきた。


(神社は参拝客の行列。遠くから拝んで終わり)


(神社の裏側はこんな感じ)


(男ふたりは探検できてなんだかうれしそう)

夜は毎年恒例になった、お節料理食べ会。
Mさんと隣人とうちら夫婦と新年の乾杯したあと、あれやこれやおしゃべりしながらの楽しいひととき。
そこで隣人から、「テレサちゃん今年の抱負は?」とベタな質問をされたのだけど…即答できない。
思わず、うーーーーんと考え込む。隣では同じように相方も考えている。
実を言うと、今のわたしには目標やビジョンが、それが見えないのだ。
漠然とはあるんだけど、強いものがない。
わたしは、こうなりたいというビジョン通りに歩いてきたから、目標なりビジョンなり描きさえすれば、たいていのことは思い通りに行くのだけど…それがなかなかハッキリクッキリ描けなくなっている。
それでフト思ったんだけど、描けないということは「今」に満足しているんだろうな、と。
いい伴侶がいて、いい仕事があり、いい友達があり、いい住まいがある。
この「いい」というのは、じぶんにちょうど心地いいということ。
何の不満も不服もない恵まれた「現状」がとてもありがたく、気に入っているのだ。
これは、とてもとても贅沢なことで感謝すべきことだと思う。
ならば「今」に感謝して、「今」を生きることにすればいいのだろう。
未来は「今」の積み重ねで、続きなんだろうから。
無理やり目標やらビジョンを考える必要もなく、自然と湧いてくれば、わたしはそこに向かわずにはいられないだろうから。
そんなことを考えさせられた新年のメシ会。
ただ、友人たちと話した約束ごとが一つ。どんな時も楽しくあろう、と。
何事もそこが基本で、それが一番大切なこと。

今年も、今生きて、ここに在ることに感謝して…。


(すんごい量!手作りお節はさすがの味)