ま、いっか〜


(マンションのベランダから。ぽっかり秋の月)



(マンションから望む海の色も濃くなって)



(田舎のともだちと庭でランチ)



(ホテイ草の花がまた開花!)



(めずらしいトンボさんも登場)



マンションからの景色も、庭の風景も、すっかり秋めいて来て、うれしい限り。
田舎ハウスは、枯葉との闘い。掃いては落ち、掃いては落ち…その落ち葉を集めて相方は「落ち葉焚き」に専念。枯葉を焼く匂いをかいでいるだけで、秋だなあ〜。思わずイモを放りこみたくなるほど。
今週は、草刈り、草摘みをしたあと、両親にいただいたローリエの木といちじくの木を植えてみた。
はたして、無事に付いてくれるかどうか…?

植物を植えたり、花を活けたりの作業をすると、ここに毎日住みたいなあ…とまた思ってしまう。
わたしがあこがれてやまない「習慣」の生活がここにはある。家の風通し、花摘み、水やり、神棚、仏壇のお参りなど。それに、いつも植物を見守っていたら、きっと育ちがちがうだろうな、なんてグズグズ思ってしまうのだ。
それでも、まだ、思いきって田舎に越せないのには、何かがあるんだろうな。
田舎に住むか、両方を行き来するか?と、ブレブレ…なじぶんがときどきイヤになる。ブレない人になりたいとずーっと思ってきたけど、ほど遠い…「ブレない人」になるためには、日々の積み重ねと強い意志が必要だ。
どこにも属さず、他者から影響されず依存せず、心身ともに自立し、あくまでも己を貫き通す人。
たとえばマザーテレサガンジーダライラマみたいな人。もちっと身近でイチローやナカタや村上春樹や三輪秋宏…みたいな人かな?(あまりにもハードル高すぎるけど)
ま、今生で努力して、来生でがんばろう!(笑)
そんなことをモンモンと考えているとき、Dar・vidaのSセンセイから目からウロコのアドバイスをいただいた。
「決めないってのもいいかもしれない」のおことば。「どちらかに決めると身動き取れなくなって不自由するかもしれないよ」
つまり、大センセイがおっしゃるには、決めずにフラフラしていると、いつか収まるところに収まるという。
う〜ん、たしかに!(さすがに歳の効)
そういや計画を立てて、きちんと決めたがるくせに、決まったためしがないものなあ〜。
こんなふうになればいいなあ、ならなきゃならないでもいいけど…とぼんやり思っていることの方が実現してるし。

で、結局、いつものけっちゃくとなる。「ま、いっか〜、天にお任せしようっと…」