悪いクセ

私にはどうしようもなく、困った悪いクセがある。
それは、どう考えてもここは笑うところじゃないだろう、という場面でなぜか力いっぱい笑いが込みあげてしまうことだ。
思えば、小学校、中学校時代の頃、人が転ぶのがおかしくてたまらなかった。
クラスの誰れかが転び、みんなが大丈夫?と駆け寄っている場面で、私は影で一人で笑い転げて友達を失っていた。
中学校では全校朝礼の最中、先生が壇上で話しているときに、遅れてやって来た男子学生が思いっきりこけてしまったとき、静まり返った校庭で、私一人がわっはっはは!と笑ってしまったおかげで全校生徒が大爆笑になってしまったこともあった。気の毒な男子生徒…。トラウマになっていなければいいが…
高校時代は、入学して初めて入った学校の図書館でそれは起きた。校内の探検で遊び半分に入った図書館に、上級生がもくもくと机に向かっている光景が見え、あまりにもシンとした静寂さの中で、思わず笑いが込み上げて来たため、口を押さえてあわてて外に飛び出たりした。
そして、大人になり、そんなクセはもうなくなったかに見えたがとんでもない。
ひどくなっていた。
特に、結婚式の披露宴やパーティーなどで、人が得意の歌や踊りや技を披露しているときなど、もうたまらない。本人の真剣な顔や、回りのマジメな顔を見ているだけで、笑いは倍増し、何度ヒザをつねッて赤アザを付けたことか。親しい友人などは、すでにそんな私のクセを知っているために、そういう場面に出くわすと、決して私を見ないそうだ。うつむいて肩を震わせ、懸命に笑いをこらえている私を見ると、自分まで感染しそうになるからだと言う。
だがさすがに、いいかげん、この年になってそんなことも少なくなった…と思ったら大間違いだった。
しかも、つい最近の深刻と言える家族の騒動の中でのことだ。
母の手術前、看護師からICUへの使い方を説明しますと、小部屋に通されたときのこと。
ICUの入り方、時間の説明、手術後の面会の仕方を私と母と父に事細かに説明をしてくれる看護師の話に耳を傾けているとき、ふと、同じようにふんふんと聞きいっている母の小さな体に目をやった。すると、先ほどベッドの上で横になろうとして、なかなか横になれずコロコロと転げ回っていた母の姿を突然、思い浮かべてしまったからたまらない。そのときの顔と今の母の真剣な顔がダブって、いきなり笑いが込み上げてしまい、思わずプッと吹いてしまった。すぐに笑顔で、そうですね、わかりましたなどと付け加え、幸い母も看護師も気づくことなく終わったが、そのときも、本当に泣きたくなるほど、笑いをこらえていた。
そして、今日…
相方の見舞いに行ったときのことだ。そこは、見事に回りがお年寄りばかりの病院で、入院患者の中では、相方が最年少だ。
帰りにエレベーターまで送ってくれた病衣に身を包んだ相方が手を振ったとき、後ろにヨタヨタと歩いているじいさんや、歩行車を押してうろうろするばあさんたちが横切った。そのお年寄りたちと、手を振っている相方が妙に同化しているのを見たとき、また突然、笑いが込み上げてきて、にこやかな“微笑み”で別れたあと、エレベーターの中でこらえきれず、ヒーヒーと腹を抱えていた。
いったい、この不謹慎なクセは、いつの間に始まって、いつになったら治るのだろう?
特に辛いのは、ツボにハマッたら笑いが止まらなくなることだ。これが、みんなと一緒に笑える爽やかな笑いだったらどんなに楽しいだろう。
笑うのは体にいいことなのに、一人で懸命に笑いを押し殺さなければならない私の笑いは孤独過ぎて、あまりにも体に悪い。