デロンギの暖かさ

いいものはいいんだな、と今回デロンギを買って思った。
我が家のリビングは南側に面していてかなり暖かいのだが、北側の寝室と仕事場となると、いきなり温度が下がる。仕事場はエアコンがあるけど、寝室には暖房器具が何もないので最近の急激な寒さには堪える。
そこで、堪え性のない、即物的夫婦がどちらからともなく言い出す。
「そうだ、デロンギを買おう!」
思ったら吉日、ふたりしてY電にすっ飛んで行った。
そう言えば、去年の年末もTVの色がモノクロになり始めた時に、「よしっ、液晶TVを買いに行こう!」とY電に飛んで行った。
入ったとたん、「タイムサービス液晶TV割引!」のアナウンス。これだっ!とその売り場に行き、それ下さい!とまるでダイコンを買うように買ってしまった。
今回も寝室には穏やかに暖かいのがいい。そいでもってどうせなら一生もんがいいと、どちらからともなくデロンギと決めていた。
買って来て、即、付けたのだけど、これが思いの他、いい買い物をした。
暖かさは即効性がないけど、じわーっとだんだん部屋を暖め、気が付いたら部屋中が温もり、体がポカポカしている。
タイマーのデザインも赤い手動のメモリーでアナログっちで妙にカワイイ。
安全で、体にやさしく、環境にもいい。暖炉の暖かさにも似ている。
幸せの温もりだと思う。
いいものは時代に翻弄されず、生き残っていくものなのだな〜と実感。
けど、生き残ってはいても、普及していかないのはなぜなんだろう?
体にいい食材、おいしいお酒、環境にいい車、安全な暖房機、素材やデザインのいい服…誰だって、そっちの方がいいに決まっている。いいもの、おいしいもの、幸せなものほど、大衆のモノでなくてはならないのに。手の出ない値段だから、いいものは生活者から遠い存在で、特権階級のものになってしまっている。
コレって絶対おかしいよなあ…といつも思う。
高いから消費者が買わないのか、消費者が買わないから高いのか…本当に疑問。