「かもめ食堂」という在り方

以前、小さな店を取材したことがあった。
おしゃれな街並にあるのに、見落としてしまいそうな店だった。気付けばずっと昔からあって、なんか気になっていたけど扉を開けるのは少し勇気がいる、そんな店だった。
それで思い切って仕事にかこつけて取材に行った。
扉を開くなり、「いらっしゃーい」とほんわかとした声が聞こえ、カタカタとミシンを踏んでいる女性店長がいた。
小さな店内には彼女の手作りの雑貨やアクセサリー、洋服などを置いていた。そのどれもが奇妙だけど、どこにもない、かわいらしさと温かさがあった。
聞けば、すでに8年も前から店を開いているのだという。OLだった彼女は朝行くときに偶然、空いていたこの店舗を見つけたのだという。会社を辞めたかったのもあって、そのまま店に入り、ここを借りますと言ったのだと。
最初は、友人を回って古着を集めリサイクルショップのようなものを開いていたが見事に売れない。だけど、ヒマな時間に毎日、カタカタとミシンを踏み、チョコチョコと自分でいろんな物を作っては店に置いていたのだという。
すると、だんだん「このヘンテコを気に入ってくれるお客さまがいたのよ」とケラケラと笑っていた。それから一人、二人と彼女の手作りの服や雑貨のファンが増え始め、今やこの店だけが、街並みの風景がコロコロ変わるストリート内で、ただ一つの変わらない店として生き残っている。
彼女に、店の目指すところを聞いてみた。
すると、彼女は「そんなものないですよぉ〜」と笑った後で、ぽつんと言った。
「あるとすれば、ここに在るってことかな」
映画「かもめ食堂」は、その店と彼女を思い出させてくれた。
ただ、そこに在ること。それはどこに居ても、自分でいることに等しい。
それだけのことがどんなに難しいことか…
あれだけ淡々と描いた中に、なんと大きな勇気と愛が込められていることだろう。
泣く映画じゃないのに、じわ〜っと胸が熱くなった。
それにしても、小林聡美。もともと上手いとは思っていた、あれほどすごい女優とは…。
あの映画はまず、小林聡美ありきだ。
彼女の存在は、訪れる人みんなに言ってくれているようだ。
「それでいいんですよ」と。
あの店は、フィンランドでも、アラスカでも、タヒチでも、どこでもいいのだろう。
どこに居ても、「かもめ食堂」であることが大切なのだから。
あの温かい手でしっかりと握ったおにぎりと共に…