言葉の必要と不必要

「男はウソつきだから信じちゃダメだよ」
これは相方の言葉だ。「僕は今日言うことが、明日には変わるし…」
だけど、それでも、私はそういう相方を信じている。
ナニを?言葉ではなく、彼自身気付いていない彼の核を。
どう考えても彼は言葉の人ではない。魂から自然に現れる行動や空気、彼の中から醸し出すオーラは、言葉以上にそれを語る。私はそれに一目惚れしたんだもの。だから、彼というより、私は彼を選んだ私自身を信じているのかもしれない。

相方はまだ自分の言葉を獲得していない。たぶん、相手にわかってもらおうとか、相手をわかろうということに興味を抱いてこなかったのだろう。対するのは自分だけ。だから言葉など必要がなかったのかもしれない。現に彼は食事をしても作ってくれた相手を心使って何かを言うことはない。贈り物をされても正直に困った顔しかできない。怒った時にはますます口を閉じる。見ているとおもしろいくらい、表情は多弁だ。彼の言葉は意識しないときに発したのが、いちばん彼の言葉だと思う。

ああ、おいしい。ああ、気持ちいい。ああ、疲れた。と、思わず彼の心から発した言葉が、いちばん彼の言葉らしい。

だけど、私は言葉を支えにした。自分を表現するために言葉がどうしても不可欠だったから、少しずつ自分で言葉を獲得していった。これは自分の言葉?これには少しウソがあるな…と、言葉を発しながら、自分自身でジャッジしながら自分の言葉にしていった。それが自分の文章にも必要だったから。だけど、まだまだ…自分の言葉で綴られているとは思えない。もっと成長したいと思う。そして、もちろんそれに伴う行動も実現したいと思うのだが、う〜ん、なかなか…
相方も今、成長の真っ只中。彼は必要な思うまでは長いが、思ったら行動は早い人だ。けど、今の集団生活では行動だけでは足りないことに気付いたらしい。仕事で人と初めて対している彼は、今、言葉を必要としている。人とクラッシュしながら、人と触れ合いながら、少しずつ彼の必要な言葉を獲得していくのかもしれない。
お互い、永遠の成長期だなあ〜